突撃隊のブログ

ネット日記書きの徒然。

げっぷがうまくできない

どうも突撃隊です。

これを書きはじめたのは12月23日23時40分なのですが、今日は一日中寝て過ごしました。明日も多分一日中寝て過ごすんだと思います。最近睡眠が取れていなかったので丁度いいのかなぁ。

さて本日はげっぷの話をしたいと思います。

小さい頃はげっぷは苦もなく出せていたのですが、高校生の頃からそれがどうもうまくいかなくなっておりまして、それが困っているのです。炭酸飲料などを飲んだときなどは大変で、胃のあたりが苦しいのでげっぷを出そうとするのですがうまくいかず、げっぷが出ないもんだから胸が次第に苦しくなってきて、しまいには吐き気が出てくるのです。吐き気が出て何回かえずいたあと、ようやくげっぷが出るといった感じです。

げっぷは胃の中に溜まったガスを抜くために起こる生理現象ですが、このげっぷの上手い下手は、精神にも当てはまると思うのです。つまり、心になにか不要なもの、良くないものが溜まったときに、排出すること、つまり心のげっぷがうまくできない人もいると思うのです。そう考えてみると、僕はげっぷが下手になったあたりから、心のげっぷも下手くそになっているのでは?と思っているのです。

中学生までの頃はよく泣いていて、それがいいガス抜きだったのかなあなんて思うのですが、高校生の頃から素直に泣くことができなくなりました。感情が高ぶると一歩引くくせができて、それは状況を冷静に見たりとか、客観的に見るとか、そういう高尚なものではなく、なんだかそんなことがバカバカしく見えてきて、全てにやる気を失ってしまうとか、そういうたぐいのものなのです。きっとこれは中学の生徒会活動が原因で、生徒会なので風紀活動で他の生徒にいろいろ言ったりするのですが、何も僕のことを聞いてくれなくて、それだけならいいのですが、僕を邪険にするもんですから、僕も少しは怒るのですが、もう何も聞いてくれないので、怒ったって無駄だという無力感が生まれたのでしょう。

あとは他人に物が言えなくなったのも原因の一つでしょう。特に不満や指摘といったたぐいのものができない、いやできるのですがかなりマイルドに包んで包んでしか言えないのです。僕は他人からの評価に左右される実に軸のないなんとも情けない人間ですので、他人に嫌われるかもしれないと思うと動けないのです。この傾向ができてきたのも高校の頃からで、なぜかと思って心当たりを探してみると、きっと中学まであまり人間関係でいい思いをしてこなかったので、高校こそはと思ってできるだけ人に好かれようとしたのが原因なのかなあと思ったりもするのです。この頃の僕は、人に好かれる人イコール優しい人という認識で、さらに優しい人イコール他人を叱ったり怒ったりしない人というイメージだったので、他人の欠点を見つけてもなるべく言わないで付き合っていこうと高校生の僕は無意識にそう思ったのでした。もちろんそんな認識で人とコミュニケーションをとったらそれはもういろんなものが心に溜まっていくわけです。大きなものから小さなものまで。でも僕は優しい人になりたかったので言おうとはしませんでした。吐き出し口などありませんので溜まる一方です。そうして調子が悪くなると吐き気と一緒にやっとげっぷが出るのです。

こんな感じになっているのでそろそろ限界を感じています。でも僕はこの治し方を知りません。だれか教えてくれませんか?